烏丸通は、平安京開設当時の烏丸小路にあたる通りです。 応仁・文明の乱で荒廃した後、豊臣秀吉の京都大改造によって再整備されました。 かつては公 家屋敷や 町家が建ち並んでいましたが、明治以降は京都駅や市電が 整備されたことで拡張し、京都のメインストリートとなっていきました。 |
◆亀末廣
伏見醍醐の釜師だった亀屋源助が文化元(1804)年に京の街で創業、二条城や御所に菓子を納めていた歴史を 持つ和菓子の老舗。 四畳半に区切られた秋田杉の箱に、季節の干菓子や有平糖、半生菓子等が華やかに詰め合わされた「京のよすが」が有名です。基本的に店頭商売のみ。 看板に注目!菓子を作るための木型を額に使用しています。これは、御所や二条城からの菓子の注文は新しく特別注文されるのが通例だったため、その都度木型 師が専用の木型を作っていました。そのたくさん残ってしまった用済みの木型を活かしているのです。 場所:新風館北隣 TEL:075-221-5110 |
◆三條東殿遺址
三条烏丸の北東の辺りは、白河法皇、鳥羽上皇、後白河法皇の院御所となった三条東殿があったとされています。焼失、再建の後、源義朝がこの地を襲撃し、法 皇を連れ去って幽閉したことが平治の乱(1159年)の発端です。その際に官女達は三条東殿の井戸に飛び込み、非業の死を遂げたといいます。この乱での焼 失は『平治物語絵巻』にも描かれているそうです。 場所:新風館北面 関連リンク |
◆新風館(旧京都中央電話局)(京都市登録有形文化財)
大正15年築の電話交換オペレーションセンターだった洋館の外観を残して、2001年に生まれ変わったショッピングモール。もとは逓信省技師・吉田鉄郎の 設計で、大正、昭和の2期に分けて建築されました。かつての通信時代の礎を築く存在が、現在は情報発信型商業施設となっています。 京都市登録有形文化財。 住所:烏丸通姉小路下ル場之町586-2 TEL:075-213-6688 関連リンク |
◆京都伝統工芸館
千年の歴史の中で磨かれてきた京都の伝統工芸を展示、実演するほか、専門学校としての側面も持つ施設です。職人さんの工房の戸をいきなり叩くのは難しいけ れど、こんな町ナカの総合施設なら気軽に入る事ができますね。 住所:烏丸通三条上ル場之町606 TEL:075-229-1010 関連リンク |
◆總屋
創業450年の京友禅の老舗「千總」が、古典柄を大切にしながらも現代人の生活スタイルに合わせて、もっと楽しく気軽に着られる着物を提案するコンセプト ショップです。 住所:烏丸通三条西入ル御倉町80 TEL:075-212-7090 関連リンク |
◆六角堂頂法寺
聖徳太子が建立した古刹で、いけばな発祥の地でもあり「華道家元 池坊」として知られています。本堂が六角形になっており(現在の建物は明治10年の再 建)、本堂前の「へそ石」は京都の中心と言われています。おみくじがたくさん結ばれたえんむすびの「六角柳」や、聖徳太子沐浴の池跡等があります。西国三 十三所第18番札所。 境内に建つ池坊ビルの3階には、いけばな資料館があります(要予約。075-221-2686)。歴代華道家元の花伝書、秘伝書等の古文献や、花器、屏 風、軸物等を収蔵。所在地発掘の際の出土資料や頂法寺の什物等も展示しています。烏丸通りに面したスペースには、定期的に独創的ないけばな作品が展示され ています。 |
TEL:075-221-2686
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◆七代目金高刃物老舗六角本店
寛永末期に日本剃刀の鍛冶屋を開業して以来200年の老舗で、錦の料理包丁、西陣の握り鋏、華道の華道具や花器など様々なものを、使い手に合わせてコー ディネートしてきました。 e-kyotoスタッフも時折、庖丁研ぎに出しています。オリジナルの自信作は意外にも本煤竹の 最高級耳かき! 場所:六角堂門前 TEL:075-221-5446 関連リンク |
◆片山文三郎商店
大正4年創業の絞り染め製品の専門店です。絞り呉服から始まり、洋服やスカーフ、クッションや照明器具などユニークな商品展開をしています。 住所:烏丸通蛸薬師西入ル橋弁慶町221 TEL:075-221-2666 関連リンク |
◆八坂神社 御手洗井
かつての祇園御旅所にあり、祇園祭の宵々山から還幸祭(7/1〜/24)の間だけ開放される井戸です。 祭られている牛頭(ごず)天皇に、毎日霊水を供えるためのこの井戸水で、毎年7/15には、井戸開きとして「遙拝式」を営み、しめ縄を新調して、ちまきや トビウオの干物が供えられます。かつては、長刀鉾のお稚児さんがこの日にここの水で手を清めていたのだとか。 「土用の日に、あんころもちと一緒にこの水を飲むと一年間、病気をしない」や「八坂神社の本殿の下の井戸とつながっている」という言い伝えがあります。 場所:烏丸通錦小路上ル |
◆近代建築群
四条烏丸の交差点付近を始め、この周辺のエリアには明治〜昭和初期の大小の近代建築が点在し、 銀行やカフェ、商業施設として再生されているものも多く見ら れます。 |
◆長刀鉾町会所
普段は閉まっていますが、祇園祭の山鉾巡行で先頭を進む長刀鉾の町会所です。長刀鉾に乗るお稚児さんは、七月五日の「吉符入の儀」で長刀鉾町会所 の2階の窓から、「太平の舞」を披露します。他にも、烏丸通から西のエリアには、数多くの町会所がありますが、普段は門戸が閉められていたり、店舗営業を しているため目立ちません。 関連リンク |
◆COCON KARASUMA
京唐紙の老舗「唐長」に伝わる古典文様「天平大雲(仏の来迎を象徴する瑞雲)」を 大胆に取り入れた緑色のファサードが印象的な複合商業施設。インテリア ショップや 日本唯一の唐紙屋「唐長」の「キラ カラチョウ」、香の老舗・松栄堂のインセンス ショップ「リスン」、ギャラリーも備えています。 中にある「京都シネマ」では日本や 欧米、アジア 等世界各国の映画を3スクリーンで上映しています。全国で初めて、 映画館でフェアトレード商品を常設販売しています。 前身の旧丸紅ビルは 1938年(昭和13年)建設、第二次世界大戦中は戦火を免れ、後に進駐軍に接収されて いました。南洋産のイペ材を使用した床や、モザ イクタイルの階段等の素材を活かし、 建築家・隈 研吾氏によって再生されました。 住所:烏丸通四条下ル水銀屋町620 TEL:075-352-3800 関連リンク |
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◆与謝蕪村宅跡 •「kimono*itoshiki」(旧 京町屋buson)
摂津出身の俳人・与謝蕪村は、江戸で俳句を学んで上洛し各地を転々としながら、この辺りに居を構えて絵画や俳句の創作活動を行い、ここで没したため終焉の 地とされています。 場所:烏丸仏光寺通西入南側 関 連リンク |
◆大政所御旅所
八坂神社の御旅所が豊臣秀吉の命によって現在地の四条京極に移される以前に、少将井神輿(櫛稲田姫命)を安置したところで、現在は小祀が建っています。か つては中京区車屋町通夷川上ル辺りにありました。 東洞院高辻に住んでいた秦助正と、時の円融天皇の夢に神人が現れ、翌朝助正の庭の塚から蜘蛛の糸が祇園社まで続いていたため、神人の宣託通りに助正の宅を 御旅所とし、東洞院方四町を御旅所の敷地として寄付、大政所といって神殿を造られたそうです。 場所:烏丸通仏光寺下ル東側大政所町 TEL:075-561-6155(八坂神社) 関連リンク |
◆木下順庵邸址・神功皇后安産御腹帯授納所
また、この町内は祇園祭・占 出山のご神体・神功皇后の安産御守りの腹帯の授納所でもあります。腹帯を希望の場合は、平日に限り向かいの写真店の奥・岸田商店をお尋ね下さい。 |
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場所:錦小路通烏丸西入南側 関連リンク |
◆俊成社・新玉津島(しんたまつしま)神社
オフィスビスが並ぶ烏丸通沿い、平安時代末期の歌人・藤原俊成を祀る小さな祠です。藤原俊成は勅撰集の千載和歌集の選者で、俊成の邸宅がこの辺りにあった といいます。息子は小倉百人一首を編さんした藤原定家。俊成と定家の子孫が歌道宗家・冷泉家です。俊成は平家物語にも登場し、謡曲「俊成忠度」や能の演目 にもなっています。今でも俊成町という名が残り、町内の人々によって守られています。 また、俊成は邸内に和歌の神・玉津島明神を勧請しましたが、これが松原通烏丸西入南側にある新玉津島神社の起源とされています。 場所:烏丸松原下ル東側 |
新玉津島神社 |
俊成社 |
◆日本最初の電車
"明治、大正、昭和と三世代にわたって「チンチン電車」として活躍してきた日本最初の電車を展示保存しています。オフィスビルの1階に突如電車が置かれて いるという意外性。 日本最初の電車「京電(京都電気鉄道)」は、1895(明治28)年に東洞院塩小路下ル〜伏見下油掛間を走りました。京電は昭和53年の廃止まで市民の足 となって走り続け、この車両は、昭和36年に廃止された北野線のものです。" 場所:烏丸万寿寺上ル西側 |