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【第36回 「負けたらあかんで」】

市田ひろみさんの

第36回 「負けたらあかんで」

保守的な京都の街では目立つとたたかれる
 

目立つとたたかれるのは世の常。私も若いころはいろいろいわれました。
どうして私だけそんなことをいわれないといけないのか、いいようのない
悔しさが募りました。ここが人生の分かれ道だったのです。

「そんなにつらいのやったらやめとき」もしも、あのときに親がそういっていたら、
どうなっていたかわかりません。おそらく今日の私はなかったでしょう。
しかし、弱気になっている娘に、うちの親ははっぱをかけました。「負けたらあかんで」
「見返したらいい」親は私にそういいつづけました。悪口をいいかえしたり、
仕返しをしたり、そんなことに労力を注ぐのではなく、力をつけて、
仕事で見返せばいい
というのです。
 

それは賢いやり方だと思いました。どんな悪口が耳に入ってきても、私は悪口を言った本人に、
「あんた、なにいうてんの?」と面と向かっていったりはし ませんでした。
そんなことをいったら、私に「あの人がこういっていたよ」とこっそり教えてくれた人の立場が
悪くなってしまうからです。人間関係に亀裂が入るような騒ぎを起こしたら、狭い京都では今後、
仕事を続けていけない
ことくらいわかっていまし た。(見返したらいい)そう思って、
悪口が聞こえてきても、知らん顔をし、私は自分のやるべきことをやるようにしました。
 

さて、結果はどうなったかといいますと、その当時、陰で私の悪口をいっていた人も、
今ではまるでそんなことはなかったような涼しい顔で、「ひろみさー ん、元気か?」と
私に声をかけてくださいます。それを見ると、「あぁ、これでよかった」と思うのです。
今にして思えば、私を支えてくれた人だけでなく、私に意地悪をした人も、
今の私を育ててくれたのだと思います。 悔しい気持ちに耐えたり、それを乗りこえていく強さも、
人の成長にはある程度は必要だと思えるのです。



市田ひろみ著『京の底力』 ネスコ文芸春秋より
 

思えば、自分を批判した人こそ大事なことを気づかせてくれていた、という経験が
私にも何度もあります。その時は腹立たしいと思っていたのに、時を経るとだんだん
理解できてくるようになるのは不思議です。

まとめ:e京都ねっと 小山


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