西暦 | 年号 | 天皇 | 年齢 | 出来事 | 備考 |
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845 | 承和12 | 仁明 | 1 | 6月25日、道真誕生 | |
849 | 嘉祥2 | 5 | 初めて和歌を詠む | ||
850 | 3 | 文徳 | 6 | 3月文徳天皇即位 | |
855 | 斎衡2 | 11 | 初めての詩「月夜見梅花」を詠む | ||
858 | 天安2 | 清和 | 14 | 「臘月独興」の詩を詠む | 8月清和天皇即位 |
859 | 貞観元 | 元服。刑部副主四十の賀の願文を草す | 5月渤海使入貢 | ||
862 | 4 | 18 | 文章生の試験を受けて及第 | ||
865 | 7 | 21 | 8月3日平子内親王の先妣周忌法会の願文を草す | 3月応天門の変 | |
866 | 8 | 22 | 11月25日、円仁の書の序を草す。藤原氏宗のために「右大将を辞する表」を草す | 8月藤原良房摂政となる | |
867 | 9 | 23 | 1月7日文章得業生となる | ||
2月29日、正六位下に叙され、下野権少掾に任じられる | |||||
870 | 12 | 26 | 方略試、及第 | ||
9月11日、正六位上に叙される | |||||
871 | 13 | 27 | 1月29日玄蕃助に任じられる | ||
3月2日、少内記に任じられる | |||||
872 | 14 | 28 | 1月渤海客使に任じられるが母の喪により解官 | ||
本官に戻り「渤海国王に答うる勅書」を草す | 5月渤海使入貢 | ||||
8月25日、父是善、参議に任じられる | 9月藤原良房没 | ||||
10月13日藤原基経のために「官を謝する表」を草す | 11月藤原基経、摂政になる | ||||
873 | 15 | 29 | 『治要策苑』の序を草す | ||
874 | 16 | 30 | 1月7日従五位下に叙される | ||
1月15日兵部少輔に任じられる | |||||
2月29日民部少輔に任じられる | |||||
876 | 18 | 陽成 | 32 | 長男高視生まれる | 4月大極殿焼失 11月陽成天皇即位 |
877 | 19 | 33 | 1月15日式部少輔に任じられる | ||
元慶元 | 10月18日文章博士を兼ねる | ||||
879 | 3 | 35 | 1月7日従五位上に叙される | 2月都良香没 | |
11月13日、基経らに代わり『文得実録』の序を草す冬。『後漢書』講義を始める | 5月清和上皇落飾 | ||||
880 | 4 | 36 | 8月30日父・是善死去私塾・菅家廊下を継承 | 5月在原業平没 | |
881 | 5 | 37 | 10月21日、吉祥院法華会を修する11月16日、太上天皇周忌願文を草す | ||
882 | 6 | 38 | 1月7日天皇元服賀表を草す | ||
883 | 7 | 39 | 1月、加賀権守を兼ねる | ||
884 | 8 | 光孝 | 40 | 5月太政大臣の職掌の有無について意見書を出す | 2月光孝天皇即位 |
886 | 仁和2 | 42 | 讃岐守に任じられて赴任 | ||
887 | 3 | 宇多 | 43 | 秋、暇をもらい入京し年越 | 月宇多天皇即位11月基経関白 |
888 | 4 | 44 | 阿衡について基経に書を呈す | 4月阿衡の紛議 | |
890 | 寛平2 | 46 | 春、国司の任を終え帰京 | 5月橘広相没 | |
891 | 3 | 47 | 2月29日蔵人頭に任じられる | 1月基経没 | |
3月9日式部少輔に任じられる4月11日左中弁を兼ねる | |||||
892 | 4 | 48 | 1月7日従四位下に叙される5月1日『三代実録』の選修にかかる12月5日左京大夫を兼ねる『類聚国史』選進 | ||
893 | 5 | 49 | 2月16日参議に昇進。式部太夫も兼ねる進 | ||
2月22日左大弁に転ずる3月15日勘解由長官を兼ねる4月1日春宮亮を兼ねる9月『新撰万葉集』を選修 | 4月敦仁親王立太子 | ||||
894 | 6 | 50 | 月21日遣唐大使に任じられる9月遣唐使廃止を提言し、廃止が決定12月15日侍従を兼ねる | 9月新羅賊船九州に来る | |
895 | 7 | 51 | 1月11日近江守を兼ねる5月紀長谷雄と渤海客使を饗応す10月中納言に任じられ、従三叙せらる11月13日春宮権太夫を兼ねる | 8月源融没 | |
896 | 8 | 52 | 8月28日民部卿を兼ねる11月26日娘衍子入内して女御となる | ||
897 | 9 | 醍醐 | 53 | 6月19日権大納言に任じられ、右大将を兼ねる7月13日正三位に叙される7月26日中宮太夫を兼ねる | 6月時平大納言に任じられ、左大将を兼ねる7月宇多天皇譲位醍醐天皇即位 |
898 | 昌泰元 | 54 | 10月宇多上皇遊猟に従う | ||
899 | 2 | 55 | 右大臣に任じられ、右大将を兼ねる3月正妻島田宣来子に従五位授かる | 2月時平左大臣に任じられ左大将兼10月宇多上皇落飾 | |
900 | 3 | 56 | 8月16日『菅家文草』『菅相公集』『菅家集』を献上10月11日三善清行、道真に辞職を勧告 | 藤原高藤没 | |
901 | 4 | 57 | 1月従二位に叙される | 8月『三代実録』完 | |
延喜元 | 1月25日太宰権帥に左遷される2月1日京を出発して大宰府に赴く2月2日女婿斉世親王出家 | ||||
902 | 2 | 58 | 秋、息子隈麿死去12月25日正妻島田宣来子死去 | ||
903 | 3 | 59 | 1月「謫居春雪」を詠む『菅家後集』を紀長谷雄に送る2月25日大宰府にて死す59歳 | 10月保明親王生誕 | |
905 | 5 | 8月味酒安行、安楽寺に道真の祠廟を建てる | |||
908 | 8 | 疫病、旱魃続く | |||
909 | 9 | 藤原時平没 | |||
923 | 延長元 | 4月20日、道真の本官復され、正二位に叙される。左遷の宣命破棄される | 3月皇太子保明親王没 | ||
930 | 8 | 朱雀 | 6月清涼殿に落雷11月朱雀天皇即位 | ||
942 | 天慶5 | 道真の怨霊が多治比文子の夢枕に建って右近の馬場に祀ることを願う。文子ら今の文子天満宮の場所に道真を祀る | |||
946 | 村上 | 4月村上天皇即位 | |||
947 | 天暦元 | 6月京都北野に道真の祠建つ8月道真孫・僧平忠、安楽寺の別当に任じられる |