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烏丸周辺スポット(室町〜新町)




烏丸へのアクセス 烏丸周辺スポット(烏丸~新町) 烏丸周辺スポット(釜座~大宮)


★烏丸周辺スポット(烏丸〜新町)



このエリアは、呉服問屋が建ち並び、祇園祭宵山の中心地でもあります。
各山鉾の名前の付いた町名や、静かに出番を待つ町会所が見られます。

また、伝統を革新を繰り返しながら暖簾を守り続ける老舗が、アンテナショップを展開しているところも増え
、観光客も立ち寄りやすくなってきました。
信号の少ない抜け道としてトラック等の車の往来も激しいので、散策中は安全に注意して下さいね!


※定休日、営業時間等の詳細は各寺社・店舗にお問い合わせ下さい。
 

烏丸通付近 両替町通付近 諏訪町通 室町通付近
衣棚通付近 小田原町通り 新町通付近  

 

室町通付近

室町通は、平安京開設当時の室町小路にあたる通りです。この通り沿いに足利義満が「花の御所」を開いたことから室町幕府という時代の名称までになりまし た。室町時代には多くの裕福な商人達が軒を並べていましたが応仁・文明の乱で荒廃、しかしながらいち早く復興したそうです。江戸時代から和装卸産業の中心 とし、現在も新町通りと並んで呉服問屋がたくさん見られる通りです。祇園祭の際には山鉾が7基も並び、新町通りと共に宵山のメインストリートの一つとなり ます。


RAAK本店
元和年間(1615〜1625)に創業の綿織物商・永楽屋細辻伊兵衛商店(株式会社エイラクヤ)が展開。小巾ガーゼマフラー、帽子、オリガミバック等を販 売しています。町家の落ち着いた佇まいの中に、ポップな色合いの手ぬぐい達が展示されています。室町通をそのまま下がると、永楽屋細辻伊兵衛商店本店があ ります。

住所:室町通姉小路下ル役行者町358
TEL:075-256-7881
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SHINA(誉田屋)
創業270年の帯匠が、大正期の蔵を開放し国内外の著名アーティストによるものや、京の老舗とコラボレーションした「品」を扱っています。ギャラリーとし ての展示会も。入り口から辿り着くまで3階程暖簾をくぐりますが、その過程に見られる大店建築の意匠も楽しい。2007年にオープンしたばかり。

場所:室町通三条下ル西側
TEL:075-257-5567
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風呂敷専門店 唐草屋
明治34年創業の宮井株式会社によるふろしきの啓蒙活動拠点。来店者にふろしきの包み方のレクチャーを行うほか、日本風呂敷協会の協賛のもと、包み方教室 も随時開催しています。ついつい買い過ぎてしまったお土産を包むサブバッグとして重宝するかもしれませんね。

住所:室町六角下ル鯉山町510
TEL:075-221-0390
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永楽屋
佃煮の「一と口椎茸」、菓子の「琥珀」が名物の佃煮・和菓子を扱うあまからの老舗。ぶぶ漬や漬物、惣菜や珍味、生菓子や焼菓子など多種多様の京の味覚を揃 えています。

場所:室町通蛸薬師上る西側
TEL:075-255-6601
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アンナ・パーチェ
町家を改装したお店の中でもひときわ賑やかな外観の欧州セレクトショップ。ヨーロッパから買いつけたアクセサリーやアンティーク雑貨は、大人向けの品揃え です。

住所:室町蛸薬師通上ル鯉山町524
TEL:075-221-1340


南蛮寺跡
南蛮寺(キリシタン寺)は、安土桃山時代に耶蘇会(やそかい。イエスズ会)によって日本で建設されたキリスト教教会です。1561年に京都で最初の礼拝堂 が建設された後は、相次ぐ戦乱の中で荒廃、入京した信長やキリシタン大名の寄進、ルイス・フロイスを中心とした在京信者らの尽力により1576年に新聖堂 が落成しました。その際、7月16日に献堂式のミサが行われたといいます。当時の教会にしては珍しい和風3階建で、伝狩野元秀の「洛中洛外名所扇面図」に 描かれています。信者の間では「珊太満利亜(さんたまりあ)上人のお寺」とも呼ばれていたとか。後に豊臣秀吉のキリスト教弾圧によって破壊されました。 この南蛮寺跡から発掘された礎石や煙管、硯などは同志社大学に保管されています。 

場所:室町蛸薬師通西入北側姥柳町


京都芸術センター
旧明倫小学校の歴史ある校舎を活かした芸術スペースです。制作室、ギャラリー、図書室、喫茶室情報コーナー等を設置しています。茶室では定期的に「明倫茶 会」が開かれています。外国人利用者の姿もよく見られます。

住所:室町通蛸薬師下ル山伏山町546-2
TEL:075-213-1000
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大黒庵武野紹鴎邸跡(菊水鉾町会所)
室町後期の茶人・武野紹鴎は、大黒庵・一閑と号し当地に居を構えていたといいます。三条西実隆に古典・連歌を、村田宗珠からは茶の湯を学び、茶の湯におい ては四畳半の侘び茶を更に簡素化し小座敷等を創作して、その流れは村田珠光から千利休へと受け継がれて行きました。
また、菊水之井と呼ばれた名水があった地ともいわれ、祇園祭の菊水鉾の名はその井戸に由来しています。近年までは金剛能楽堂が建っていました(現在は京都 御苑の西向かいに移転)。能楽堂の跡地はマンションが建ちましたが、そのマンションは菊水鉾町会所としての機能も備えており、2階真ん中部分のくぼみは、 階段を架けて地上から直接町会所へ入れるようにするためのものです。

場所:室町通四条上ル東側
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きものステーション・京都(京都産業会館 きらっ都プラザ内)
京都産業会館の1階にあります。京都織物卸商業組合が運営する非営利のサロンで、きものレンタル(期間限定)やのきもの相談など、和装振興の為の様々な活 動を行っています。駅からすぐというアクセスの良さも魅力。

場所:室町四条東入京都産業会館1階
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むろまち美術館
池坊短期大学のカレッジ・ミュージアム。染織の町、祇園祭の鉾町、池坊の華道といった京文化の精華が生きる立地に建つこの美術館では、京都、日本の伝統文 化に関する美術工芸品を収集、保存、公開しています。常設展示では、志野流香道二十世家元蜂谷宗玄宗匠の指導のもと、宗家の香席『松隠軒』の床まわりを復 元し、香席飾りを再現しています。また、かつて夷川通車屋町にあり、1996年に閉業した京の琴・三味線処『亀権』の邦楽器や製作道具とその店舗の一部を 復元しています。

住所:室町四条下ル鶏鉾町491
TEL:075-351-0348


八橋検校道場跡
八橋検校(けんぎょう)は江戸初期の盲人の箏曲家で大坂や江戸で三弦や琴の奏者として有名でした。八橋流(後の生田流、山田流)の創始者で、「六段」の作 曲家。20歳の頃から筑紫箏を学び、26歳には当道で最高位の「検校」に登りつめ、1663年に京都に移りこの地に居を構えて門人に三弦や箏曲を教授した といいます。「平調子」と呼ばれる新しい憂いのある音階を考案し、その代表作「八橋の十三組」「六段の調べ」「みだれ」は名曲とされています。武家や町衆 など数多くの門徒を養成した八橋検校は、島原や鴨東の花街にも三弦や箏を広めました。

京土産として知られる八ツ橋は、八橋検校の墓がある黒谷で琴形の煎餅を売ったのが最初とも、黒谷の茶店主人が夢で検校から製法を習ったともいわれています。

場所:室町通綾小路上る西側
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繁昌神社
神社の解説によると、全国で唯一の商売繁盛の社だそうです。その昔藤原繁成という人物の邸宅の庭にあった功徳池の中島に市杵島姫命(いちきしまひめのみこ と)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たきづひめのみこと)の三神(仏教では弁財天にあたる)を祀ったのが始まりとされています。その後は真 言宗の功徳院と呼ばれていましたが、明治政府の神仏分離から今日に至ります。小規模ながら、家内安全、諸芸成就、良縁成就のご利益があるとされています。

住所:室町高辻通西入繁昌町308


末富(亀屋末富)
亀末で修業した初代が、明治26(1893)年に独立。寺社向けの蒸菓子や干菓子を作っていたそうです。名物は、玉子煎餅に巨椋池のレンコンや堀川ゴボ ウ、鞍馬の木の芽などを薄くして入れた「野菜せんべい」や、薄い麩焼きの間に、ほんのり甘い梅肉を挟んだ「うすべに」です。青い包装紙に薄桃色のリボンの かかったラッピングを見た事がある人も多いはず。

場所:室町松原通東入ル
TEL:075-351-0808

衣棚通付近

衣棚通は、1590年頃に豊臣秀吉によって行われた京都大改造後に開設された通りです。三条通と交わる辺りで袈裟衣を扱う店が多くあったことからこの名で 呼ばれるようになりました。南は六角通まで通っています。


ちおん舎
育まれてきた伝統を見直し、その智慧を現代の生活に活かし、和の文化を伝承することを目的に、展示会やコンサート、茶会、茶事、茶道教室等の様々な文化活 動の情報発信拠点になることを目指している施設です。法衣商・千吉商店(西村家)の居宅をそのまま使用できるのが贅沢です。

住所:京都市中京区衣棚通三条上ル突抜町126
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了頓図子(りょうとんのずし)
衣棚通りの三条から突き当たりの六角までの道を「了頓図子」と呼びます。 足利家代々の従臣・広野家の末裔・広野了頓は桃山期の茶人で、ここ地に屋敷があったとされ、豊臣秀吉や徳川家康、古田織部もここを訪れたといいます。了頓 は夜間以外は町人達が屋敷内を自由に通行する事を許していたといいます。また、かつては清水が湧き井戸が多く、了頓井という名の井戸もあったそう。

<路地と辻子(図子)>
家と家の間を通る細い道を図子(辻子)・路地(ろーじ)と呼ばれています。平安京の条坊制度は正方形の町割りで したが、商業の発展に伴い真ん中に新たに道を通すことで面通りに面する店舗をより多く出せるようになりました。また、正方形の一区間の大半を占めていた武 家屋敷や寺院等が移転した事で、同じく新たな通りができ、こうして路地と辻子が生まれたとされています。

隣の通りまで突き抜けになっているものを辻子、行き止まりの「コ」の字型になっているものを「路地」と区別する事もありますが、明確な基準はないようで す。「コ」の字型に家が並び、通りの入り口に各家の表札が掛けられているところも見られます。程よくプライバシーが守られた、都市型の町割りかもしれませ んね。

場所:三条〜六角間

小田原町通り

亀山藩京屋敷跡・亀山神社(白滝・花月大明神)
丹波国亀山は現京都府亀岡市にあたり、江戸時代前期に広島藩邸があったこの地に亀山藩主・松平信岑の京屋敷が屋敷が置かれたところで、白瀧・花月の両神社 は旧亀岡藩京都松原邸の鎮守社です。寛延元(1748)年に信岑が丹波国亀山に転封されたのに伴い同藩邸となりました。以後歴代藩主は代々幕府の要職に就 き、京都火消役にもなる譜代大名として京都監視の重責を果たし、明治3(1870)年まで存続しました。明治7年には屋敷の三棟が修徳小学校の仮校舎とし て使用されていたようです。両大明神碑は、旧亀山藩士の有志によって建立されました。

場所:松原通室町西入北側
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新町通付近

新町通は、平安京開設当時の町尻小路にあたる通りです。平安中期から官営の東西市が衰退し、この通りと東西の通りとの交差点を中心とした地域が新たな商業 の中心地として発展しました。町尻小路という名は宮中の修理職町の南側を「町尻」と呼んだことからであるといわれ、今の名前は、豊臣秀吉の京都大改造の後 に呼ばれるようになったものです。祇園祭の際には山鉾が7基も並び、室町通りと共に宵山のメインストリートの一つとなります。


肥前鹿島鍋島藩屋敷跡
肥前鹿島鍋島藩は2万石で、佐賀鍋島藩の支藩です。佐賀藩は二代・勝茂(1580〜1657年)の時に、小城・蓮池・鹿島の三家を支藩としました。小規模 ながら、廃藩以降は多くの学者を輩出した学術系の家系です。

場所:新町通御池西南角
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平井産業
思わず視界に飛び込む赤い壁とステンドグラスの京町家は、丹後ちりめんを扱う会社なのだそうです。歴史的意匠建造物に指定されており、京都で最初に設置さ れたとされる懐かしの丸ポスト(保存用。投函不可)も景色のうちになっています。取材時は内装工事をしていましたが、何かに生まれ変わるのでしょうか。


紫織庵[京のじゅばん&町家の美術館(川﨑家住宅)](京都市指定有形文化財)
江戸後期の名医・荻野元凱が初めて医院を開業し、明治までその子孫の医院と門弟の教育所として使用されて来ました。大正15年には室町の豪商・四代目井上 利助氏が当時最新のライト様式のモダンな洋間を加えて新築、昭和40年より平成9年まで、川﨑家の本宅兼迎賓館として使用されていました。洋館部分を日本 の近代建築の父・武田五一が、茶室や和室部分を数奇屋の名工・ 上坂浅次郎が設計参与し、240坪の敷地を持ち、伝統的な「大堀造」建築の代表例です。主屋2階にも洋間を設け、意匠を凝らした茶室、竹内栖鳳の欄間など 京町家の貴重な歴史資料となっています。京都市指定有形文化財及び京都府医学史研究会史跡。

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松坂屋
百貨店として知られる松坂屋が呉服を仕入れるために設けられた店舗で、現在は呉服の染織デザイン研究所になっています。祇園祭の屏風祭では、加藤清正所用 と伝えられる具足などが格子越しに飾られます。

場所:新町六角通下ル


三井両替店旧址
三井越後屋(百貨店の三越)など三井家(三井財閥)の祖とされる三井高利は、伊勢国松坂に生まれ14歳で江戸に下り、兄の店で修業した後に独立して、京都 で越後屋呉服店の仕入店を開業しました。また、京都・江戸・大坂にて両替店(金融業)を開き、京都を事業本部としました。

場所:松坂屋の斜め向かい


京都学園大学・京町家キャンパス「新柳居」
京町家の特性を活かし、地域に根付いた学びができるスペースです。一般向けの市民講座も開かれています。

住所:新町通錦小路上ル百足屋町384
TEL:075-204-9160
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京都くろちく
和雑貨や伝統工芸品の開発・小売りのほか、和柄アパレルやおばんざい、和のブライダルのプロデュース、京町家の再生にも取り組む会社です。新町通の百足屋 町周辺はくろちく関連の施設がいっぱい!「天正館」の2階は能舞台があり、伝統芸能やウェディング、各種イベントスペースとして利用できます。

住所:新町通錦小路上ル百足屋町380
TEL:075-256-5000(天正館)
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京都生活工藝館・無名舎
江戸時代の小袖等、江戸・明治・大正・昭和の京商人の生活文化が偲ばれる数々の生活工芸品を見ることができます。1909(明治42)年に建設された建物 は白生地問屋を商った京商家の典型的な表屋造りで、歴史的意匠建造物、景観重要建造物の指定を受けています。2階の一部が、能の稽古ができるよう板張りに なっているのがユニークです。

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林道春邸址
林羅山(道春。1583〜1657年)は京都出身の儒学者です。建仁寺で学んだ後、儒学を志して藤原惺窩(せいか)の弟子となりました。徳川家康に仕え、 幕府の文書を作成するなど幕政整備に関わり、四代家綱まで活躍しました。今はガレージの傍らに駒札が立てられています。

場所:新町通錦小路上ル百足屋町
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茶屋四郎次郎邸跡
茶屋四郎次郎清延は安土桃山期の豪商で、徳川家康の京都御用を勤め、屋敷は家康の京都宿舎になったといいます。近江領代官にもなり、安南貿易に従事したと いわれています。

場所:新町通蛸薬師東南角(瑞蓮寺前)
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小結棚町会所(放下鉾)
この界隈には祇園祭の山鉾の町会所がたくさん見られますが、放下鉾を出すこの町会所はよく保存され祇園祭町会所の典型例の一つとしての価値が高く、京都市 指定有形文化財に指定されています。一般には見る事ができませんが、通りに面した会所家と、その奥にある土蔵から構成されています。慶応3(1867)年 に造営された会所家は、昭和期の大修理で表構えが復元されました。

一階天井には、二階から直接鉾の上に渡るための廊下が収納され、祭りの時に引き出します。嘉永2(1849)年造営の土蔵は、祭りのときは土蔵の二階から 会所家二階へ長い木製の渡廊がかけられるなど工夫が凝らされています。

場所:新町四条上ル東側


本居宣長先生修学地
本居宣長は江戸時代の国学者です。1752〜1757年まで京都に遊学し、堀景山に儒学を、武川幸順に医学を学びました。この辺りは、堀・武川両名の塾跡 にあたるそうです。

場所:綾小路通新町東入南側
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長江家住宅
代々呉服の卸を営んできた家で、京町家の典型的な表構えを継承しています。主屋北棟は慶応4年(1868)の建築で、通り土間と居室を一つの屋根で覆う通 りにわ形式、主屋南棟は明治40年の建築で、表の店舗部と奥の居室部を玄関部で繋ぐ表屋造り形式。離れ座敷も明治40年の建物。京都市指定・登録文化財。 お風呂にはイタリア製のタイルが貼られています。見学は曜日が限られており、要予約です。

住所:新町通綾小路下ル船鉾町394
TEL:075-351-1029


道祖神社
"道祖神は道の辻などに石碑や石像の形で祀られる神で、幸の神(さいのかみ)とも呼ばれ、子孫繁栄、旅や交通安全の神として信仰されています。 ここの道の神は、平安京以前より祀られているとされており、鎌倉時代の説話集・宇治拾遺物語にも登場します。"

場所:新町通松原下る

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