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[祇園祭]山鉾一覧 〈岩戸山〜油天神山〉


長刀鉾 函谷鉾 月鉾 郭巨山 四条傘鉾
役行者山 鷹山 黒主山 鯉山 布袋山
山伏山 菊水鉾 鶏鉾 白楽天山 八幡山
北観音山 南観音山 放下鉾 大船鉾 船鉾
岩戸山 鈴鹿山 孟宗山 蟷螂山 油天神山
太子山 浄妙山 橋弁慶山 占出山 霰天神山
綾傘鉾 伯牙山 芦刈山 木賊山 保昌山

※主催者の都合により、予定・内容が変更される場合があります。
※2022年度のちまきの授与や会所飾り、山鉾登場等の詳細は祇園祭山鉾連合会公式サイトでご確認ください。

岩戸山(いわとやま) くじ取らず

日本神話の天照大神の岩戸隠れに名を由来する。天照大神、手力雄尊、曳山屋根に伊弉諾尊と3体のご神体。宵山では、皆川泰蔵作の見送りヴェネチアなどを近くで見ることが出来る。
重 量

8.25トン(巡行時。人、懸想品含む) 5.4トン(山鉾装飾のみの重量)

住所】下京区新町通高辻上る岩戸山町 →岩戸山保存会公式ホームページ
ご利益(お守り等)】開運
ちまきの値段】700円(拝観券付き)
鉾に登るには】拝観券 300円を購入

◇装飾・踊り
屋根裏の金地著彩草花(ちゃくさいそうか)図は今尾景年(いまおけいねん)(1845〜1924)の筆、前後軒裏の
金地著彩鶺鴒(せきれい)図は弟子の中島華鳳(なかじまかほう)の筆によるものである。下水引は
波鳳凰文綾地錦(なみほうおうもんあやじにしき)、前掛は玉取獅子文(たまどりじしもん)中国緞 通(だんつう)、
胴掛はペルシャ唐草文緞通である。見送は、日月龍百人唐子遊文図(にちげつりゅうひゃくにんからこゆうもんず)で、
これは昭和61年 (1986)に復元新調されたものである。別に旧見送として、皆川泰蔵作のヴェネチア図を保存している。

由来・歴史
天(あま)の岩戸を開いて天照大神(あまてらすおおみかみ)が出現する日本神話から取材している。
山とはいえ鉾と同じ車を付けた曳山(ひきやま)である。 江戸時代中期に曳山に改造されたもので、その名残りとして鉾柱(ほこばしら)の
かわりに屋上に松を立てている。三体の御神躰(人形)を飾るが、天照大神は 白衣姿で胸に鏡を掛け、脇に安置されている
手力雄尊(たぢからおのみこと)(戸隠大明神(とがくしだいみょうじん))は白衣に冠をかむり、屋根の上には太刀を帯(は)き
天瓊矛(あめのむぼこ)を突き出した伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を安置している。

町内イチオシグッズ
拝観券・・・300円、岩戸煎餅 他

鈴鹿山(すずかやま)

ご神体は、鈴鹿権現(瀬織津姫命)。伊勢国鈴鹿山で、人々を苦しめた悪鬼を退治した伝説に由来する。山鉾巡行後は、山の上の松に付けられた絵馬(盗難除けの護符)が授与される。
重 量

0.70トン(巡行時。人、懸想品含む)

住所】中京区烏丸通三条上る場之町
ご利益(お守り等)】雷除けと安産
ちまきの値段】1,000円(絵馬付き)

◇装飾・踊り
前掛は平成元年新調、黄砂の道と称する駱駝の図。胴掛は平成11年(1999)新調の桜図綴織と平 成13年(2001)新調の
紅葉図綴織は共に今井俊満氏原画である。見送りは文化13年(1816)購入の中国明時代の雲龍文刺繍、天啓2年(1622) の
年記を持つ紺神金泥文字、明治35年(1902)作の牡丹鳳凰文刺繍を伝えるが、現在は昭和57年(1982)新調・
皆川月華(げっか)作染彩「布哇 (はわい)の蘭花」を用いている。欄縁金具は山鹿清華下絵の四季花鳥文様である。

由来・歴史
鈴鹿権現をまつる。伊勢国鈴鹿山で道ゆく人々を苦しめた悪鬼を退治した鈴鹿権現(瀬織津姫命(せおりつひめのみこと))を、
金の烏帽子(えぼし)をかぶり手に大長刀(なぎなた)を持つ女人の姿であらわしている。後の山には退治された悪鬼の首を
あらわす赤熊(しゃぐま)が置かれている。山に立つ松には鳥居、 松、木立と宝珠を描いた絵馬がつけられるのも珍らしく、
巡行後に盗難除けの御符としても授与される。

♪ スキマ情報(随時更新) ♪ 
前祭・後祭の山鉾巡行が合同で斎行された第1回目には、抗議の意味で巡行に参加しなかったそうです。

町内イチオシグッズ
御腹帯・・・1,200円
鈴鹿山版画(彩)・・・400円
鈴鹿山版画(彩入)・・・ 2,000円

孟宗山(もうそうやま)

中国の親孝行の古事で、母の欲しがる筍を雪の中掘り当てた孟宗の姿をご神体としている。孟宗山の粽(ちまき)には親孝行のご利益があり、別名筍山(たけのこやま)とも呼ばれる。
重 量

0.54トン(巡行時。人、懸想品含む)

住所】中京区烏丸錦小路下る笋町  →孟宗山保存会青年部フェイスブック
ご利益(お守り等)】親孝行
ちまきの値段】500円

◇装飾・踊り
人形は七条大仏師康朝左京の作といわれ、唐人衣装に蓑・笠をつけ左手に雪をかぶった筍、右手には鍬(くわ)を肩にかついで
立っている。欄縁(らんぶち)の 彫金群鳥図(ちょうきんぐんちょうず)の金具は幸野楳嶺(こうのばいれい)(1844〜1895)の下絵、
見送りはかって百唐子文(ひゃくからじもん)の綴錦を用いていたが、昭和15年以来竹内栖鳳筆(たけうちせいほう)の
白地墨画叢竹図(しろぢぼくがそうちくず)のものが用いられている。この地味な墨画の見送は、極彩色豊かな他の山鉾のなかにあって、
かえって異彩をはなっている。

由来・歴史
「笋山(たけのこやま)」ともいう。山に飾る御神躰(人形)は中国の史話二十四孝から取材。病身の母を養う呉の国の孟宗が、
雪の中で筍(たけのこ)を掘りあてた姿をあらわしている。

蟷螂山(とうろうやま)

車に惹かれそうになったカマキリが鎌を振り上げ立ち向う姿に敬意を払った中国の古事に由来する。山鉾で唯一カラクリ仕掛けでカマキリの頭・鎌・羽の部分と御所車の車輪が動くのが特徴。
重 量

1.22トン(巡行時。人、懸想品含む)

住所】中京区西洞院通四条上る蟷螂町
ちまきの値段】500円

◇装飾・踊り
御所車や一部保存されている装飾布帛類の刺繍は金糸の平戸といわれ絢爛豪華(けんらんごうか)である。
西洋機械文明輸入に先だつ我国古来の智巧の妙をみるべきであろう。前掛、胴掛、見送りには共に羽田登喜男作の
友禅の瑞苑浮遊図などがある。

由来・歴史
大蟷螂(かまきり)と御所車という珍しい組合せの山である。
薬や菓子で有名な「ういろう」を作った外郎家(神奈川県小田原市)の祖先・陳大年(ちんたいねん)が14世紀後半に今の蟷螂山が建つ町内に住んでおり、御所車にカマキリを乗せて巡行したのが蟷螂山の始まりとされている。

中国の古典に「蟷螂(とうろう)の斧を以て隆車の隧(わだち)を禦(ふせ)がんと欲す」とある。
かまきりが自らの力をも顧みず強敵にたち向かい、斧をもって大車を防ぎ止めんとする様から
創案されたもので、応仁の乱以前からあったことが知られている。かまきりが鎌首を大きくもち上げる絡繰(からくり)は古くから人気があり、洛中洛外図屏風をはじめ祇園祭を描いた諸種の絵画には必ずこの山がみられる。

元治の兵火(1864)に大破して以降、久しく巡行からはずれていたが、町内の人々の努力により昭和53年に修理され再び日の目をみるようになった。
かまきりと御所車の車輪がうごくなど、山鉾として唯一のからくりがほどこされているのが特徴。

町内イチオシグッズ
手拭・・・600円

油天神山(あぶらてんじんやま)

山には、元々風早家に伝来さた天神像を朱塗りの神殿に安置。宵山では、菅原道真を祀る事から
学問成就のお守りと絵馬が授与される。
重 量

0.55トン(巡行時。人、懸想品含む)

住所】下京区油小路通仏光寺上る風早町
ご利益(お守り等)】学問の神様
ちまきの値段】500円

◇装飾・踊り
水引は龍鳳凰文(りゅうほうおうもん)の刺繍、前掛と胴掛はいずれも雲竜文の繻子地(しゅすじ)錦、見送は有名な
毛綴(タペストリー)の宮廷宴遊図であ る。欄縁(らんぶち)は前部だけ凹形に切り込んで社殿をはっきり見せたもので、
天保4年(1833)製作の牛と梅の錺(かざり)金具がついている。

由来・歴史
古くから町内に祀られていた天神を勧請して作られた山で、油小路綾小路下ル風早町にあるところから「油天神山」とも、
また勧請の日がちょうど丑(うし)の日にあたっていたので「牛天神山(うしてんじんやま)」とも呼ばれるという。
山は正面に朱の鳥居を立て朱塗の社殿にはもと風早家に伝来し、後の町内の祠 (ほこら)に祀っていた天神像を安置する。
社殿の両脇、随身(ずいしん)の板絵は狩野益信(江戸中期)筆と伝える。真木の松の他に紅梅の枝をはなやかに立て鈴をつけている。

町内イチオシグッズ
進学御守・・・500円
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